さて、人生路の最後の装備は「人生への覚悟」です。 赤ん坊の頃は「ただ生きる」ことが目的だったでしょう。それが成長するにつれて、「無」 から「無限大」へと変化しつつ最後には再び「ただ自分を生きる」ことが目的になっていき ます。そこには、ある種の覚悟が伴います。 つまり、子供の頃は「無=エネルギーが満杯」で始まり、大人になっても「無=物ではない 何かが一杯」を保ちながら、最終的には「無=エネルギーが無限大」に着地するのか、或い はまた、「無=エネルギーが満杯」⇒「無=物が何も無い」⇒「無=エネルギーがゼロ」で 終結するのか、私たちは二者選択することができます。
前者の場合では、成人になって物が無い、仕事も無い、家族や友達も無い状態で生きること は困難です。しかし、そのときに覚悟をします。 自分は何も持たずに生まれてきたことを思い出すのです。 親や社会が育ててくれた御恩は有難いですが、自分は満杯のエネルギーを持って生まれ、そ れを唯一の財産、特権として生きてきたということです。 その態度を「覚悟して生きる」と言い換えるのは可笑しいかもしれませんが、とにかく自分 は生きることを諦めていないという事実を忘れてはなりません。 何か、自分より大きな存在(例えばご先祖さま)が見守ってくださっていたのかもしれませ んが、今は自分が人生の主役であると「覚悟を決める」ことが大切です。
いよいよ人生の登山に必要な装備(意欲、目的と覚悟)が揃ったあなたは、誕生から現在ま での人生路を自作自演の映画を観るつもりで辿ってみましょう。もちろん脚本は自分で書 いて、映画監督も自分が務めて、主演女優/男優はもちろん自分だし、自分と何らかの関係 を結んでいる助演女優/男優を選ぶのも、自分が住んだり訪れたりするロケーションを決め るのも、感情を沸き立たせる音楽を選択するのもすべて自分で決めてきたことに気づいた 暁には、あなたにとってその映画はこの上もなく貴重で尊敬に値する傑作だと分かるはず です。これからも延々と続くその映画の中で、あなたは無限大(∞)の可能性をストーリー に織り込んで、相変わらずあなたらしい人生路を活き活きと歩み続けてゆくのです。
ところで、今日は「原爆の日」でしたから、世界中の、そして宇宙の普遍的平和を願って 「万歳」を捧げましょう!何故「万歳」を唱えるのか、という理由は、「既に世界/宇宙の 普遍的平和が成就した現実を実際にイメージして祝うことで、その願いは叶えられるから です。大切なのは「万歳!」を唱えるときの心持ですが、思考を止めて、からだから力みを 抜いたら、大きな宇宙の空間をイメージして、そこに自分を「あけわたす」感じで両腕を広 げましょう。もちろん心の中でそれをやるのでも構いません。
(写真:沖縄伊計島海岸に降りた一筋の光り)
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